2019年07月31日

家伝灸

ヨモギを乾燥させて、葉の裏に生えている白い細かい毛だけを取り出したものを艾(もぐさ)と呼ぶ。
取り出す過程をより細かくして、精製度を高くするとクリーム色のきれいな艾ができる。
そのような艾は火をつけるとゆっくり低温で燃えるので、火傷させないようにピリッと表面まで焼くお灸に適している。
精製度合いの高い艾は一部の鍼灸院でしか使われていないうえに、最近はお灸をする鍼灸院が減ったという話があるので、売れないという理由で艾工場の閉鎖が相次いでいるということも聞く。

少し前の話になるのか、「お灸女子」という言葉を業界で流行らせようとがんばっていたらしい。
それがどの程度身になったのか不明だが、日本にはかなり前からお灸の文化があった。
それは専門家として鍼灸師が行うものだけでなく、各家庭で、もしくは地域の寺社で「養生の灸」として行われるものであった。
代表的な例を挙げると、専門家としては四ツ木の灸や坂本竜馬の婚約者として有名な千葉佐奈の灸院などが有名なところ、地域の寺社というと弘法の灸や峰の灸(落語「強情灸」のモデル)などが有名ではないだろうか。

一方で家伝灸という言葉がある。
文字を見る限りでは各家庭に伝わる灸法を指すのかと思いきや、灸院や地域の寺社(以下灸処)で続く養生の灸を指すことが多い。
それらは昭和の中ごろまでは盛んで、私鉄沿線では灸処近くに駅を造り、乗客数を稼いでいたという。
四ツ木の灸の四ツ木駅のように灸処の駅名がつくこともある。

さて、私の住んでいる地域にも家伝灸がある。
神楽坂の毘沙門様でおなじみの善国寺で7月のお祭りの時期に行われるほうろく灸がそれである。
ちなみにこの文章はそのほうろく灸の宣伝しようと書き始めたのだが、すっかり公開するのを忘れていたので、先週のことを宣伝することになってしまった。
ほうろく灸とは、素焼きの皿にでっかい艾をのっけて、それを頭にかぶせて火をつけるというもの。
ちなみに真面目にやっているとものすごく熱い。
そのうえで読経と鳴りものがものすごい音量で響き渡る。
頭に熱が上り、気持ちも高揚して、おわるとすっきりするのがポイントだ。
ちなみに抽選でほおずきがもらえる。

お灸は養生の一環として効果がある、と私は認識している。
初めての人はわからないことだらけだろうから、興味ある人がいたら一度体験してみてほしい。
そして、艾の使用量をこれ以上減らさず、工場がやっていけるだけの量を消費するために、お灸の良さを広めて家伝灸という文化を続けていきたいものである。
posted by 養生乃はり at 15:28| 医道

2019年07月06日

やーめーろーよ!

蒸し暑いからか、家の前で子供たちが水鉄砲で遊んでいる。
男の子の遊びは結構激しい。
そのなかの一人が半泣きのような声で「やーめーろーよ!」と叫んでいる。
水をかけられるのが嫌なのだろう。
ただ、その子は水をかけるのだけは大好きらしく、水をかけられるのが止んだとたんに攻撃を始める。

その様子を見て戦争が無くならない理由がわかった気がする。

男女関係なく人間の大半はそうなのだろう。
こちらからチョッカイはだすけど、チョッカイ出されるのは嫌いなのだ。
チョッカイ出されたくないから「停戦!停戦!」「戦争はしない!」と声を荒げる。
しかし、チョッカイを出すのは好きだから、武装はやめない。
冷静なうちは武装を止めたら自然と水かけっこ(戦争)は止むのは分かるのだが、その真っ最中は理性を失っていてわからないでいる。
というか、やられないために水鉄砲を相手に向け続ける。

子供はいい。
誰かが泣けばそれで終わりの合図。
明日からまた同じ友情が続く。
大人はそうはいかない。
人間の性質もあるが、経済活動もかかわってくる。
武装の解除なんて許してはくれない。

ほら、今もまたうちの甥っ子が泣いて戦争が終わった。(笑)
posted by 養生乃はり at 16:36| 日記

2019年06月28日

韓国にて

現在韓国のヤンサンにいる。
釜山の少し北にある小さな町だ。
明日「2019年大韓韓医学原典学会夏季国際学術大会」に出席して講演をしてくる。
タイトルは「日本内経医学会の30年の道程」というもの。

今日投稿した「なぜ古典を読むのか」は、その発表原稿を作成する過程で、古典についてどう表現すればよいかと悩んでいたのでまとめたもの。

少し説明を足すと、まず私は「日本内経医学会」という組織の運営の一人でちょこっと講義もしたりする。
日本内経医学会は医古典に特化した勉強会で、先日は日本医史学会から受賞を受けたように、日本国内外問わず一目を置かれた存在となっている。
そして、当会が韓医学原典学会の学術大会に招待を受けて、なんだかんだで代表として私が今韓国にいるという。

ということで、7/1の月曜日まで「養生乃はり」は臨時休業です。
これが言いたかった。
posted by 養生乃はり at 23:42| 日記

なぜ古典を読むのか

中高生の頃「なぜ古典を読むのか?」という問いに対して、芯を捉えた答えを出せる大人もいなければ、学んでいるはずの自分も疑問に思うことすら無駄な時間と思うようになっていた気がする。
記憶することが苦手な私は、記憶することこそ古典の唯一の勉強法であった学生時代の古典の授業は嫌な時間でしかなかった。

ではなぜ今古典を勉強しているのか。
それは次のように考えている。

「人間は過去から学ぶことができる。」
多くの動物は、自分の経験してきたことを振り返り学ぶことで成長していく。
ただ人間の文明の発展はそれだけでは成し得なかった。
人間一人の経験などたいしたものではないからだ。
だから本を読んで、多くの先人が経験した過去を振り返り学び、人類として成長してきた。
実際、印刷という発明があり、一般に本が出回る10世紀あたりに中国では一気に文化が昇華している。
本を読んで追体験した人がより多くの経験を積み本を書く。
それが積み重なり本の情報は洗練されていく。
洗練とは濁った水を放置して上澄みのキレイな水をすくい取るようなもので、濁った部分の雑多だけれども重要な情報までは伝えられないことが多い。
しかも情報は時代に左右されやすく、なにしろ一番重要なことは人間はよく誤ることだ。
その弱点を解かった上で、多くの武術や宗教などでは、情報に左右されない隔離された環境の中で、修行という先人の追体験を経験させ、その中でも優秀な弟子のみに真髄を伝える、一子相伝の口伝という形式で後世に伝える手段を取った。
正確に少人数に伝えるか、誤りはあれど大人数に伝えるか、方法論の違いはあれど、本質は同じ「過去に学ぶ」ということだ。

情報の洗練による誤りや上澄みだということを知らずに受け入れると、間違った追体験になってしまう。
だからより過去の本から洗練されていない情報を得る必要がある。
それが古典だ。

しかも技術的な発展はここ数百年は目覚しい進歩を遂げたが、精神的な発展は孔子や老子、それ以外の諸子百家を振り返ってみると、ほとんど退化しているくらいに思える。
それだけでもより過去の本から先人の意図を読み取れるようになれれば、すばらしい追体験ができるとは思わんかね?(ムスカの口調で)

最後にロバートキャンベルさんの「日本人はなぜ古文が読めなくなったのか」というインタビュー記事がありました。
ぼくらよりも日本のことを知っています。
ぜひ読んでみてください。
「日本人はなぜ古文が読めなくなったのか ――ロバート キャンベル氏に聞く、原典をひもとき足元を見つめ直す魅力」
posted by 養生乃はり at 23:17| 医道

2019年06月22日

気が付く

指導の先生には、「いっぱい悩んだらいいのよ、それが成長させるのだから」とは言われたものの、つい先日まで酷い状況だったので、えらく凹んでいた。
会まで入らないことなんかざらにあり、弓をふっ飛ばしてしまうことも2度や3度ではない。
上下左右のバランスは崩れ、末端に力みがあり、すべてが定まらないでいる。
もはや何に悩んでいるのかも判らなくなるほどの崩れっぷりだ。

こういう時の脱出方法は2つあると思う。
一つは崩れ始めた理由をじっくり考えるというやり方。
先生方のご指導をつなぎ合わせて、現状を知るのが理屈を考える上で近道だろう。
もう一つはひたすら引く、というやり方。
どちらかを選ぶことはないので、私はじっくり考えたうえでそれが形になるまで引き続ける。

そのうち突然目の前が開ける(気がしているだけかもしれないが、それはそれ)。
切っ掛けはほんとうにちょっとしたことだったりする。
そこに気が付くかどうか、おそらく先輩方はみんな通られてきた道なのだろう。
私の様なこだわるタイプにはあまり細かい指導にならず、大切なポイントを一言ということが多い。
そして一つの壁を越えたことをわかっていただけるようで、指導方針も少し変わる。
おもしろいもので、こちらが言わないでもわかってくださる。

ただ、現在の射形に満足できないので、おそらくまた崩れることになる。
というか一度崩すことになるだろう。
いやはや、この道は果てしない。
ゴールを設定されていないと満足できない人には到底続けられないだろう。
posted by 養生乃はり at 13:02| 弓道

2019年06月20日

切磋琢磨

弓道を始めたのは2年半前の11月だった。
きっかけはオリゲンヘイゲルの『弓と禅』なのは、鍼灸師としては至極真っ当な理由だろう。
始めた当初は、正直いつまで続くか不安定な状況だった。
それが今でも続いているし、かなり力を入れている。
こんなに真剣に、そしてこんなに長く一つのことに取り組むのは、鍼灸以外には久しぶりなことだ。

何故続いているのかを客観的に考察すると、やはり同期の存在が大きいことに気付く。
初心者教室に偶然集まった30名近くのうち、今も続いている5人は、お互いに得難い存在であることはもちろん感じてはいるものの、自然とライバル視していることに気が付く。
「切磋琢磨」という熟語にはもともと仲間同士で高め合うという意味はなかったらしい。
ただ単に己を高めるという意味でしかなかった。
それが現在では切磋琢磨という言葉だけで、仲間同士という意味合いが強く入っている気がする。
なぜそう感じるかというと、私個人的には己一人だけで高めるよりも、仲間同士で高め合った方が豊かな成長ができるだろうという思いからである。
それだけに同期との切磋琢磨による成長は心を豊かにしてくれる。

同期の飲み会での体験も、弓道の悩みを相互に相談し合うことでも、それぞれの弓道以外の本業での側面を匂わせるときも、おそらく同期(もしくは同期に近い人たち)という存在によってすべての経験を何倍にもさせていただいている。
ものすごく良い仲間を同期を持ったものだと心から思う。

先日の飲み会で私は写真を撮らなかった。
写真を撮る癖がないからなのだが、あんなに楽しい夜は一枚くらい写真に残すべきだな。
記憶に残したいから写真を撮らない私が、こんなに思い出として写真がほしいと思える同期の集まりはとても幸せな経験だ。
弓道に限らず仲間を作るということの意義は、数は力という政治力ではなく、切磋琢磨する仲間は人生を豊かにするということなのだ。
posted by 養生乃はり at 23:36| 弓道

2019年05月18日

治療量

私はまだ勉強中の身の上なので、先生方の助手に出かけることが多い。
ぶっちゃけて言えば、先生方から勉強しに来いと言われたら、往診の札を治療院の前に出して助手に出かけていることもある。
未熟な私が先生方の治療を見させていただいて、患者の治療を考えるきっかけにさせていただいていることはものすごくありがたい経験で、先生方に信用していただかないと求めても得られない掛け替えのないものである。

そんなこんなで、助手をしていて最近気が付いたことがある。
先生方の治療と私の治療の大きな違いは、治療量ではないかと。
私も治療院を構えてもう5年くらいになるので、特殊な訴えの患者さんでない限り元に戻すように治療をできるようになってきていると思う。
しかし、先生方にはやりすぎているというご指摘を受けることが多い。
先生方の治療を見させていただくと、けっこう短時間にささっと終わられる。
私自身も先生方の治療を受けさせていただくと、以前と以後の感覚の違いをしっかりと把握しておかないと気が付かないレベルで状況が好転しているのだ。
先生方は治療量が少なく、身体の変化量も少ないのが特徴といえる。

これは先生方は自信があるからでもある。
一回の治療における回復量が少ないということは、回数を来てもらう必要がある。
経済的な負担を考えてしまう私などは一回の治療で改善してしまおうとしてしまう。
ここで考えなくてはいけないことがある。
身体を大きく変化させるということは、身体的に大きな負担なのだ。
大きく変化させると数日後に良くはなるけど、翌日などは瞑眩反応などで悪い印象も持たれるし、長い目で見るといきなり状態を改善してしまうと自分で養生しようという気持ちが薄らぎ、結果病の治療の本質を外れてしまう。
分かっているのだけど、ついつい治療量が多くなってしまう。
次回もすぐに来てくれることを信じて、少ない治療量で行わないといけない。

人間に限らず動物には、自身の持っている自己治癒力がある。
私たちの言う治療とは、そういった自らの力を引き出すためにちょっとしたきっかけを与えることである。
その加減が難しい。
日々勉強というのはありがたいことである。
posted by 養生乃はり at 14:48| 医道

2019年03月24日

時の流れ

年を取ったなと感じる年齢になったのだろう。
現在40歳、そう感じるには遅すぎるのかもしれない。
ただ、自身の体力の衰えもあるのだけど、周辺の変化もまた、時の流れをひしひしと感じさせてくれるものである。

30歳の頃、私は金沢にいた。
金沢で伝統工芸の道を拓こうともがきつつ、食いつなぐためにバーで働いていた。
バーのバイトとしては当然最年長であったが、年齢の差は感じてはいても衰えの様なものは考えていなかった。
大学生たちの中に一人三十路のバイトがいる状況はやりづらかったに違いないが。

10代、20代、30代と現在の違い。
時の流れの速さが違う気がする。
30歳のもがき苦しんでいたころは、「今」を必死になって生きていた。
時間が濃密だった。
寝てなかった大学時代も然り、20代の苦しい時代も同じく、一日一日を暮すことで精一杯で、それが積み重なるものだとも考えつかなかった。

10年後・・・ということは、私だけではなくみんな同じく10年という歳月を跨いだということ。
家族の変化はわかりやすい。
母の髪色はかなり白くなったし、妹は二人の子供を産んだ。
友人となると接点が少ない分、前回会った時との変化量が著しい。
仕事で苦労していたり、自身の病気で苦しんでいたり、家族の病気で悩んでいたり、若いころにはなかった苦労をしている。
10年前大学生だったバーの仲間もまた、当時の私の状況などを振り返りつつ30歳という年齢をかみしめている話を聞く。
私はというと、身体の変化に頭がついていけていない。
確実に衰えているのはわかるが、その速度が尋常でないほど速い。

若いと呼ばれるのは恥ずかしく、老いているわけでもない。
40歳という年齢を、半年以上経った今じんわりと噛みしめている。
posted by 養生乃はり at 01:44| 日記